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創業110周年企画

写真で見る御幸110年の歩み

創業110周年企画

本物の価値を求めて一世紀。それは「最高のものをつくる」という創業者・祖父江利一郎が唱えた企業理念の実践に挑んだ歴史です。利一郎の志を受け継ぎ、品質と技術を追い求めた先人達の浪漫を、当時の貴重な写真とともにご紹介します。

1905-1914(明治38年から大正3年)本物づくりのスタート
祖父江工場創業、合資会社御幸毛織工場へ改組

尾西の縞商・祖父江利一郎により、名古屋市で創業。前津小林工場では満州向け木綿を、前ノ川工場では染色を手がけた。満州木綿製造では失敗の憂き目をみたが、創業より2年後の明治40年(1907)、台所工場にて毛織物(半毛・純セル)に着手。毛織物工業の発展の機運にのって業容拡大を図った。

祖父江利一郎は、創業当時から自社内一貫生産を掲げ、一方では高級毛織物生産を目指して人材を登用、戦前の当社を支えた御幸セル・皇族にも献上された特許商品クラップチリメンを発表。

1914-1945(大正3年から昭和20年)品質第一主義
御幸毛織株式会社の設立〜終戦

過剰投資により、経営困難にいたった御幸毛織合資会社は、外村商店の単独経営に移行。大正7年(1918)御幸毛織株式会社として再スタートを切った。1次世界大戦後から昭和初期にかけて、当社は工場増築・最新織機導入など積極的な設備投資を実施。御幸セルの売り上げも依然として好調を維持した。昭和9年(1934)には庄内川工場竣工、「原糸から製品」までの一貫生産体制を実現した。なお、昭和2年(1927)には高級紳士服地の開発にも着手している。

当社は昭和16年(1941)陸軍管理工場の指定を受ける一方、翌昭和17年(1942)には国策に従い東洋紡績の傘下に入る。当時の製品は乗馬ズボンなどの軍需製品であり、すでに昭和13年に御幸セルは製造中止されていた。太平洋戦争末期には、本社工場・庄内川工場も空襲を受け、庄内川工場を焼失するなどの被害を被っている。

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