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ミユキ・シャリック誕生物語

プロローグ

その愛用人口はおよそ100万人、いまや「シャリック」は、御幸毛織の1ブランドという域を超え、季語のように親しまれる普通名詞となった。この驚異的なロングセラーをつくり出したのは、他でもなく、独自の技術を駆使して類のない商品を開発してきた御幸毛織のメンバーと、協力会社の面々である。使命感とも呼ぶべき情熱を支えとして、まさに英知と工夫の限りを尽くし、次代の柱となる製品の開発に挑んだ。これは、そうした関係者たちの、試行錯誤の跡をたどるドキュメンタリーである。

ミユキ・シャリック誕生物語 - INDEX

第一章:プロジェクト発足。

1978年(昭和53)11月6日、御幸毛織では職制を改正し、これにともなう人事を発令した。多くの社員の目に止まったのは、新たに設けられた社長直属の開発室である。その業務分担は、繊維素材、製品並びに技術の開発とされた...続きを読む

第二章:超強撚糸の開発。

メンバーは、このサンプル織機に各種の試験糸を仕掛け、製織密度をさまざまに変えて織ってみては、仮仕上げをして、粘り強く原糸の最適条件を探していった。ところが何度トライしても、期待に反して糸に伸びがなく、経切れが続出する始末で、メンバーには織機に上って、経糸に糊付けをするような悪戦苦闘が強いられた...続きを読む

第三章:困難を極めた縫製。

シャリックの縫製については、縫製指導をお願いしていた先生の力がなければできなかったと思います。先生はこの素材を見られて、大変悩まれておられたことを記憶しています。生地が薄くて、透けること、伸びがないこと、ポリエステル混のためクセ処理ができないこと、これらが大きな問題でした...続きを読む

第四章:マーケットに向けて。

1980年(昭和55)4月、当年度夏用として7色構成による「クール・サマール」名のブック見本帳が作られ、まず35.5反が生産された。そして、いよいよ新製品の試験販売段階に入ったのである...続きを読む

第五章:ロングセラーへの道。

1982年(昭和57〕、英国にある子会社MINOVA社の英国製モヘア入りシャリックが発売された。御幸毛織は消費者に向けたDMを作成するなど、セールスプロモーション活動も積極化した...続きを読む

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