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ミユキ・シャリック誕生物語

第五章:ロングセラーへの道。

1万反達成に向けて

1982年(昭和57〕、英国にある子会社MINOVA社の英国製モヘア入りシャリックが発売された。御幸毛織は消費者に向けたDMを作成するなど、セールスプロモーション活動も積極化した。

最初のシャリック単独ブック

最初のシャリック単独ブック

1983年(昭和58)、フォーマルモヘア混が発売された。こうしたアイテムの充実を背景に、本部会議では「シャリックの時代がくる」と、その拡販を訴える意見が続出した。これを受けて7月に開いた部長会では、1万反の規模にすると、現在のマーケットのみの販売では不可能であり、婦人、官需、ユニホーム、カジュアルへの展開や、縫製面でのフォローが不可欠という見解が大勢を占めた。その対策として、縫製を担当するラン・クロージングのキャパシティを上げることが急務となった。

多彩な展開と発展

1985年(昭和60)には差別化シャリックとしてカシミヤ混とシルク混、さらにアパレル向けには「レーション」を発売した。その後もモヘヤ混の比率拡大に取り組んだのをはじめとして、機能性をプラスするアクアプルーフ加工や、新しい風合いを実現するために、甘撚りと杢糸を使用して、サラリタッチのシャリックを市場に出した。1999年(平成11)には、超軽量で涼しく、かつソフトで美しいシルエットを実現する新縫製システム「ミユキSK-500」を開発、MOTS加盟テーラー、一部デパートで展開することとなった。

エピローグ

シャリックは、原糸開発という細い流れに始まったが、やがては<メンズ盛夏服飾革命>とも呼ぶべき大河の流れになった。その声価は年を追うごとに波紋のように広がり、専門店はもとより、百貨店業界、アパレル業界、テーラー、糸商、裏地業界など、川上から川下まで、業界のほとんどに及んで行く。

その結果、各業界の販売関係者を中心に、多方面からシャリックについてさまざまな提案がもたらされ、それが次の好結果を生みだした。まさに、商品開発を軸にして、製造者側と販売者側との間に自然発生的に育てようという一体感と信頼感が形成されていったのである。言い換えるならば、それは個別企業の活動にとどまらず、業界全体を巻き込むムーブメントへと昇華した。
すなわち、商品開発 - 商品企画 - 販売企画 - 販売実施・評価 - 商品開発という円環運動を業界に定着させることになったのである。シャリック開発史は、開発担当者や協力会社、そして営業、販促担当者、羅紗店、テーラーなど、多くの人々によるコラボレーションによってもたらされた『成功物語』として、今後も語りつづけられていくはずである。

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